損切りはコストだという言葉に救われた日
今日、ある投資家の方がXで、
「損切りにおける損失は“コスト”である」
「ビジネスでいう経費と同じ」
という趣旨の投稿をしているのを見て、
強い衝撃を受けました。
これまでの自分にとって、
損切りは「負けを確定させる行為」でした。
間違った判断を認めること。
できれば避けたいもの。
なるべく見ないようにしたいもの。
そんな位置づけでした。
実は、自分には2年ほど塩漬けになっている株が1つあります。
当時、テクニカル分析だけで購入し、
「ここから上がる」
と思っていたら、買ったあとに大きく下がりました。
「少し戻したら売ろう」
そう考えて持ち続けているうちに、
株価はだんだんと下落し、
ついに半値になってしまいました。
いつの間にか売り時が分からなくなり、
気づけば2年が経っていました。
今では、その株を見るたびに気持ちが重くなります。
売れば楽になるのかもしれません。
しかし、損失が確定することが怖くて、決断できずにいました。
でも今日の投稿を見て、少しだけ考え方が変わりました。
もし損失が「コスト」だとしたら、
それは単なる失敗ではなく、学びのために支払った代金と考えられます。
事業をするなら、広告費や設備投資などの経費は必ず発生します。
それらがなければ、売上も成長もありません。
同じように、
投資でも判断ミスから学ぶための支払いがあると考えれば、
完全な無駄とは言えないのではないかと思いました。
もちろん、だからといって
明日すぐに損切りできるほどの決断力も忍耐力もありません。
ですが、今までとは明らかに見え方が変わったのは確かです。
それほど衝撃的な言葉でした。
この感覚は忘れないようにしないといけないと、強く思いました。
この記事を書いた人:Yama。
投資初心者として、50歳までに投資だけで生活できる状態を目指し、
日々の学びと実践を記録しています。
※本記事は個人の体験・学習記録であり、投資の助言を目的としたものではありません。

コメント