投資初心者1カ月目の現在地と感じた変化
このブログを書き始めてから、1カ月が経ちました。毎日相場を見て、分からない言葉を調べる。その積み重ねでした。
これまでの自分の投資経験は、NISAを続けていただけの状態と、ほとんど勝てないままやめてしまったテクニカル分析中心の売買だけでした。チャートの本で勉強して実践してみたものの、「自分には向いていない」とすぐに諦めてしまっていました。
株式市場のニュースを読んでも、専門用語が多すぎて意味を理解しようともしていませんでした。「PER」「利上げ」「上方修正」といった言葉が並んでも、なんとなく知っている気になっているだけで、実際にはほとんど理解できていませんでした。
何が分からないのかも分からない。それが、本気で投資と向き合い始めたときの正直な状態でした。
それでも毎日相場に触れ続ける中で、少しずつ変化がありました。企業の決算書をのぞいてみるようになり、四季報という存在も「難しそうな本」から「読んでみたい本」へと変わりました。テーマ株として話題になっているかどうかだけで判断していた自分が、「この会社はどんな事業をしていて、業績はどうなのか」と立ち止まるようになりました。
以前は株価が動くたびに焦っていましたが、今は「なぜ動いたのだろう」と一度考えるようになりました。決算なのか、金利のニュースなのか、それとも新しい材料が出たのか。値動きを結果だけでなく、その背景とあわせて見ようとしています。
知識はまだまだ初心者です。それでも、分からないまま触れていた状態から、分からないなりに考えようとする状態へは進めたのではないか。そんな小さな自信が芽生え始めたのが、この1カ月でした。
自民党勝利で株価が上がった日
自民党が勝利したというニュースが流れた日、市場は明確に反応していました。関連銘柄が上昇し、指数も上向きに動いていました。
正直に言えば、そこまで大きく動かないのではないかと思っていました。多くの人が予想していた結果ですし、すでに織り込まれているのではないかと考えていたからです。
それでも実際には上がっていました。画面の数字が上に伸びていく。ニュースでは「政策期待」という言葉が繰り返される。市場全体が前向きな空気に包まれているように見えました。
けれど、自分はその銘柄を持っていませんでした。
そのときに出てきた感情は、分かりやすいものでした。何かを買いたい、でした。今からでも間に合うのではないか。この流れに乗らなければ取り残されるのではないか。
下がる怖さよりも、「上がるのに持っていない怖さ」のほうが強かった気がします。損失の恐怖ではなく、機会損失の恐怖でした。
投資初心者として1カ月続けてきた自分の中に、確かに焦りがありました。そしてその焦りは、「分かってきたつもり」になっていた自分を揺さぶるものでした。
なぜ政治ニュースで株価は動くのか
自分なりに、なぜ株価が動いたのかを整理してみました。政治と株価の関係には、いくつかの要素があるようです。
・政策への期待
・公共投資の拡大
・減税や規制緩和の可能性
・市場心理の変化
与党が安定すると、政策が継続されるという見方が広がりやすい。将来の景気刺激策や企業支援策への期待が、企業業績の見通しを押し上げることもある。そうした「これから」の話が、今の株価に反映されることがあるようです。
株価は「今」ではなく、「これから」を織り込むと言われます。今回の上昇も、その一つだったのかもしれません。
仕組みを理解すること自体は、以前よりも難しくありませんでした。ニュースを読んでいても、以前ほど置いていかれる感覚はありませんでした。
けれど、理解できることと、落ち着いていられることは別でした。理屈は分かるのに、心は揺れる。そのズレが、自分の現在地を示しているように思えました。
投資初心者が焦りを感じやすい構造
今回の体験を通して、投資初心者が焦りを感じやすい理由についても考えました。
一つ目は、経験の少なさです。似たような上昇を何度も見ていれば、少し距離を取れるのかもしれません。しかし自分にとっては、どの上昇も「初めて」に近い体験です。その分、感情の振れ幅も大きくなります。
二つ目は、成功体験の少なさです。「あのとき持っていてよかった」という経験が少ないからこそ、次こそはと強く思ってしまう。今回の上昇は、その空白を刺激するものでした。
三つ目は、比較です。SNSやニュースでは、上昇銘柄の話が目立ちます。誰かが利益を出しているように見えると、自分だけが遅れているような感覚になります。
焦りは未熟さの証なのかもしれません。ただ同時に、自分がまだ基準を持てていないことを教えてくれるサインでもあるのだと感じました。
目標との距離
自分は、50歳までに投資だけで生活できる状態を目指しています。それは長い時間をかけて積み上げる目標です。
それなのに、目の前の数日の値動きに強く反応している自分がいました。長期を目指しているはずなのに、短期で結果を求めている。
中長期という言葉を使いながら、具体的に何年を想定しているのかも曖昧なままです。3年なのか、5年なのか、それとも10年なのか。そこが定まっていないからこそ、目先の動きに振り回されるのかもしれません。
NISAは続けられているのに、個別株では揺れる。その違いも気になります。NISAは「貯金」に近い存在として受け入れられているのに、個別株は「成長を証明する場」になっているのかもしれません。
目標は遠くに置いているのに、評価は目先でしている。その矛盾に気づいたのが、この1カ月でした。
今月の小さな整理
1カ月前の自分と比べれば、確実に変化はあります。分からない言葉をそのままにしないようになり、ニュースの背景を少しだけ考えられるようになりました。
それでも今回分かったのは、知識が増えたことと、納得して持ち続けられることは別だということでした。
説明できることと、信じられることは違う。理解していることと、腹に落ちていることも違う。
今月の小さな整理はこうなりました。
「知識が増えても、基準が固まったわけではないのかもしれない」
焦りをなくすことよりも、自分がどこで揺れているのかを見ることのほうが、今の自分には必要なのかもしれません。
この1カ月で見えたのは、成長よりも未熟さでした。それでも、その未熟さに気づけたことが、今の自分の現在地なのだと思っています。
この記事を書いた人:Yama。
投資初心者として、50歳までに投資だけで生活できる状態を目指し、
日々の学びと実践を記録しています。
※本記事は個人の体験・学習記録であり、投資の助言を目的としたものではありません。

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